猿の惑星 Planet of the Apes 1968




猿の惑星は、ラストシーンが大変な話題となった1968年の問題作。

一般的な視聴者の見解は猿と人間の逆転した世界があり、どういうわけか猿のほうが人間よりも卓越した地位を保つのだが、また一方ではその猿たちもどこまでいってもただの猿真似であり因習に囚われ続けてちっとも進歩しない形を代えた人間世界の模倣にとどまっていた。










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しかし原作者ピエール・ブールがこの主題を執筆した経緯をよく調べると極めて興味深い。
本人は当時インドシナのフランス領地にて植民地化された地域での支配者層だった。しかし日本軍の捕虜となり屈辱的な経験を経たことが引き金となりこの作品を発表するに至った。

つまり、猿の惑星に出てきて主人公の宇宙飛行士をさんざん悩ませる猿どもは有色人種の日本人という暗喩(もはや暗喩でもなんでもないが)が画されているわけだが、映画の発表から30年近くたってからウィキペディアで初めて知った次第。


フィルミングロケーション Filming Location




良く考えて見ると、全米ライフル協会会長のヘストン氏が未開の土地で裸一貫、田舎くさい猿どもと大騒動を構えている構図は誇り高き白色人種が下卑た有色人種に悪さされるという状況を的確に再現している。
しかし人気が出たためにシリーズ物となったこの作品群は最後は猿と人間の和解といった結論をもたらしているため、ブール氏本人は初期の原作意図と異なった方向性に反対意見を述べているらしい。

ちなみにブール氏のお怒りは、もともと戦場にかける橋で捕囚された外国人に対する日本人の残虐性を描き出すことで世論を呼んだのだが、映画の演出上、ラストは日本人の早川雪舟とイギリス人のアレック・ギネスが和解してしまうということに成ってしまったため、この映画脚本に怒り心頭して猿の惑星を発表したという経緯。

冷凍睡眠から覚めた直後、不時着して沈没寸前の宇宙船から脱出した三人の宇宙飛行士たちが放浪する荒涼とした風景。水と空気はあるものの、植物さえ見つけられない生存をかけた重圧感。ほとんどセリフ無しのルーズシーンで描かれるドラマ序盤の不透明さは後のアクション部分を盛り上げるための静的状態で、とても効果的です。

その飛行経路を選択するとワームホールへ落ちるのか、常に3000年後の未来の地球へ到着し、ついに勃発した核戦争で地球人類は死に絶えた後、という設定と、胸が張り裂けそうになるカタルシスは、バトルスター・ギャラクティカにも流用されています。


猿の惑星(1968)オリジナ​​ルエンディング





続・猿の惑星

一作目に出てきたテイラー宇宙飛行士=チャールトン・ヘストンの後を追ってケープカナベラルから打ち上げられた二号機。

彼と同様のコースを飛翔してきたブレント宇宙飛行士がまたも墜落。捻じ曲げられた時空のせいで宇宙船が損傷を受け、残された使命はテイラーの安否を探求すること。

おりしもテイラーと別れたノバがブレントの近くを通り、二人は猿の集落で捕獲される。繰り広げられる逃走劇の末、その惑星の第二の住人たちが住む地下都市へと迷い込む。

主演のブレントは当時人気のあったジェームズ・フランシスカス。




ヘストンとノバ役のリンダ・ハリソンは連続出演。

猿の惑星イコールチャールトン・ヘストンを思い出す人は多いと思うが、実はこのシリーズ、全編に出ているのはチンパンジーの旦那、コーネリアスを演じているロディー・マクドゥエルで、フライトナイトとか、史上最大の作戦で見かけることができます。

それにしても地底人類が神と崇める惑星終焉爆弾の翼に描かれた文字がアルファ・オメガ・・・私は最初にして最後であるという神様の説教から出てきた一節とか、捕獲されたヘストンにとうとう出会うブレントとノバの、短くもはかない運命とか、このシリーズの序章はどうにもやるせない気持ちで一杯にさせられます。



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